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札幌地方裁判所 昭和47年(ワ)100号 判決

原告

全相銀連北洋相互銀行従業員組合

右代表者

石野英美

右訴訟代理人

彦坂敏尚

外一名

被告

関口哲

外四名

右被告ら五名訴訟代理人

橋本昭夫

主文

一  原告に対し、被告関口哲、同土井正、同武田重幸はそれぞれ金七、一二〇円、被告釘本光治、同相馬博美はそれぞれ金六、一二〇円および右各金員に対する昭和四六年七月二四日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実

〈前略〉

二、原告組合の規約には「組合員はその資格を取得したときより規定の組合費並びに機関の決定した臨時組合費、諸積立金を納入しなければならない。」(一七条)、「組合の経費は組合費、その他の収入をもつてこれにあてる。ただし臨時費用を要するときは中央委員会の議を経て別に徴収することができる。」(九一条)との各規定が存する。〈後略〉

理由

一原告が訴外銀行の従業員をもつて組織された労働組合であること、被告らがいずれも同銀行の従業員であつて、昭和四六年三月一六日以前から従前の原告組合の組合員であつたこと、同組合の規約には原告主張(請求原因二)の各規定が存すること、同組合が同四六年三月一五、一六の両日にわたり第五回中央委員会を開催したこと自体はいずれも当事者間に争いがなく、〈証拠〉によると、右の第五回中央委員会において左記のとおり臨時組合費徴収決定がなされたことが認められ、また、右決定がなされたことが認められ、また、右決定がそのころ従前の原告組合の機関紙「こぶし」速報によつて被告らに通知されたことは被告らにおいて明らかに争わないから、これを自白したものとみなされる。

(一)  春闘賃上げ額の0.8カ月分を臨時組合費として徴収する。

(二)  右のうち金一、〇〇〇円については、四月分賃金支給日に前納する。

(三)  残額の納入期日は、賃上げ差額支給日とする。

そして、昭和四六年五月二二日に現在の原告組合と訴外銀行との間で春闘賃上げが妥結したこと、および被告らの賃上げ額がいずれも金八、九〇〇円であり、右賃上げ差額の支給日が同年七月二三日であつたことは、いずれも当事者間に争いがない。

二そこで、以下被告らの主張について順次判断する。

(一)  まず、被告らの主張一について判断する。従前の原告組合の組合員のうち被告らを含む相当数の組合員が昭和四六年五月二一日に同組合を脱退し、新たに訴外組合を結成したこと、および従前の原告組合において組合の分裂につき何らの組織決定もなされていないことは、いずれも当事者間に争いがない。被告らは、右の事態を目して、従前の原告組合は現在の原告組合と被告らの所属する訴外組合との二組合に法律上分裂したものであると主張する。

ところで、社会的事実として労働組合の分裂と目すべき現象が現実に存在することは否定しえないところではあるけれども、これを集団的脱退と新組合の結成という事実上の分裂としての評価を超えて、直ちに法的に組合の分裂として評価するときは、従前の組合員の数に減少を来たしながらもなお厳然として存在するにもかかわらず、その意思に基づかずしてこれを消滅せしめ、これと法律上全く同一性のない二組合が成立したといわざるをえないこととなるのであるから、実定法上の根拠なくして組合の分裂なる法概念をたやすく容認することにはいきおい慎重とならざるをえないのであるが、単一の労働組合において、内部に相対立する異質集団が成立し、その対立抗争が激しく、そのため組合が統一的に存続し活動することが不可能ないしは著しく困難となり(組合機能の喪失)、その結果、その異質集団に属する組合員が組合を集団的に脱退して新たな組合を結成するという事態が生じた場合には、分裂についての組織決定の存しない場合であつても、もはやこれを単に事実上の分裂として放置することなく、法的に組合の分裂として評価することもできると解するのが相当である。本件についてこれをみるに、被告らは右の如き異例の事態が存在したものと主張して縷々事情を述べるのであるが、これを肯認しうる証拠は全く存しないのみならず、被告らにおいて分裂を生じたと主張する昭和四六年五月二一日より後の同月末日現在においてすら被告らを含む訴外組合員数は原告組合員数一四五七に対し僅かに五四六名(総数二〇〇三名の約27.3パーセント)に過ぎないのであつて(もつとも、その後同四七年八月末日には原告組合員数六一四名に対し漸く一二七〇名(総数一八八四名の約67.4パーセント)に達してはいるが、一年三カ月余も経過後のことであつて、特段の事情の窺えない本件ではとうてい一体として評価することができない。なお、以上の日時、組合員数の点はいずれも当事者間に争いがない。)、この点からみても単なる集団的脱退(事実上の分裂)以上に評価することはできないのであるから、組合分裂についての組織決定がないまま、従前の原告組合の組合員のうち被告らを含む相当数の組合員が同組合を脱退して新たに訴外組合を結成した事実をもつて、従前の原告組合が分裂したとはとうてい認めることができず、なお現在の原告組合として法律上同一性を失うことなく存続するものといわなければならない。

したがつて被告らの主張一は結局その前提を欠き理由がない。

(二)  次に、被告らの主張二について判断する。本件臨時組合費の徴収決定(昭和四六年三月一五、一六日開催の中央委員会の決議)の効力の発生は、昭和四六年の春闘賃上げの妥結という将来発生することの不確実な事実の成否にかかるものと解さざるをえない以上、右徴収決定は、原告組合と訴外銀行との間の右妥結を停止条件としたものというべきである。そして、被告らが右妥結の前日(同四六年五月二一日)に従前の原告組合を脱退し、同組合員たる資格を喪失したこと、および被告らが新たに所属することとなつた訴外組合においても、現在の原告組合の妥結(同四六年五月二二日)の当日にこれとは別個に同一内容で妥結したことは、いずれも当事者間に争いのないところである。被告らは、右事実をもつて、右徴収決定の効力は被告らに及ばないと主張する。

しかしながら、被告らにはもともと組合脱退の自由があるとはいうものの、原告組合の活動に協力し、これを妨げるような行為を避止すべき義務を負い、殊に、脱退しなければ春闘賃上げの妥結に伴い当然に本件臨時組合費を原告組合に納入すべき義務のあることを知悉していたものである。そして、原告組合もこれを前提として、右妥結を目差し諸種の活動をしていたことは容易に推測できる状況下に、被告らは右妥結前日のいわば原告組合にとつて明らかに不利な時期に脱退したものであるから、本来原告組合はこれを拒否できる立場にあつたのであり(民法六七八条一項但書参照)、しかも前記説示のとおり徴収決定をした当時における従前の原告組合と現在のそれとは法律上同一性があり、かつ、現在の原告組合において春闘賃上げが妥結している以上、原告組合は被告らが故意に条件の成就を妨げたものとみなして(本件弁論の全趣旨からその旨の意思表示があつたと推認できる。)、被告らに右臨時組合費の支払いを求めることができ、被告らはその主張するような前記事由によつてはこれが支払義務を免れえないものといわなければならない。

したがつて、被告らの主張二も理由がない。

(三)  さらに、被告らの主張三について判断する。そもそも、労働組合は労働者が主体となつて、自主的に労働条件の維持、改善その他経済的地位の向上を図ることを目的とする社団であり、労働者はその組合員となることによつて、組合の活動による種々の利益を享受することができるのである。そして、右のような組合の活動が十分になされるためには、財政的な裏付けがなければならないのはいうまでもなく、それはその利益を享受する組合員の財産的負担によつて賄われるべき筋合のものであり、それが組合費と称されるものである。したがつて、組合員が組合の活動の資金源たる組合費を納入すべきはけだし当然のことであつて、これは、労働組合の構成員たる地位に基づいて必然的に発生する組合員としての最も基本的な義務といわなければならない。ところで、組合費には、通常の組織運営に充てるため定期的に一定の割合で徴収される通常の組合費と、組合活動に関して特別に必要とされる場合に臨時に課せられる臨時組合費とがあるが、いずれも組合の財政を安定させ、前記目的達成のための活動を可能にし、組合の自立性を確保するために欠くことのできないものであるから、そのいずれを問わず、組合規約などの自主的規範によつて義務づけられ、あるいは権限ある機関によつて決定されたものである以上、組合員はこれを納入すべき義務を負うのであつて、右の義務は、被告らが主張するように単に組合の統制作用に基づくものではなく、組合員の組合に対する法律上の債務と解すべく、組合はその組合員に対して裁判上その履行を請求しうるものと解するのが相当である。もし、そうではなく、組合は納入しない組合員に対しては統制権に基づき懲戒に付しうるのみで、法律上その納入を義務づけることができないと解するならば、組合活動の基盤である財政を不安定にし、ひいては組合の存立を危うくする事態を招来することにもなりかねず、妥当な解釈とはいえないのである。

そして、本件臨時組合費は権限を有する原告の中央委員会において徴収決定がなされたものであるから、原告は被告らに対し本件臨時組合費納入義務の履行を裁判上請求し得るものといわなければならない。

したがつて、被告らの主張三もまた理由がない。

三以上の事実によれば、原告に対し、被告関口、同土井、同武田はそれぞれ昭和四六年の春闘賃上げ額である金八、九〇〇円の0.8カ月分に相当する臨時組合費金七、一二〇円、被告釘本、同相馬はそれぞれ右臨時組合費から原告において支払いを受けたことを自認する各金一、〇〇〇円を控除した金六、一二〇円、および右各金員に対する遅くとも最終の納入期日であり、かつ、被告らにおいて右期日以前にその到来したことを確知していたとみられる同四六年七月二三日の翌日から各完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

よつて、原告の被告らに対する請求はいずれも理由があること明らかであるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(白石嘉孝 大田黒昔生 渡邊等)

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